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2016年11月24日 (木)

おはようございます

皆さん

おはようございます

今日も頑張りましょう(^-^)

さて 今日はまじめな高杉奈緒子トーク

そして厳しく思ったことを書かせていただきます。

ちゃんと報告しなきゃいけないなと

昨日は、鈴鹿サーキットでスポーツ走行でした

初めは、川原が2本

うちが1本走る予定でした

これまでのマシンが走らないことを川原にしっかり体験してもらおうとのことでした

ずっと走るたびにマシンがパワーダウンすると

川原に、戻らずチェッカー振られるまでずっと走り続けて欲しいと

4周辺りからパワーダウンしてくるのがはっきりわかるからと言いました

そして、走行

6周あたりから、目にみてもわかるぐらいパワーダウンしていること

音も変わり、マシンの加速、シフトアップの場所が少しずつ奥にずれていくという

あぁ 誰が乗っても同じだなと

ECUを変えたり、センサーを変えたりと

2本目走り、変わらず

3本目も川原に、好きなように原因探して走ったらいいよと

川原も、6周辺りからスローダウンすると同じ事をいっていました

エンジンでもコンピューターでもないなと

これをチームに報告しました

答えが

「原因は電気系じゃないかな」
と、宇井さんは言ってたよ

考えられるのは
電力不足じゃないかなと言ってた。
配線の仕方の悪さでの漏電や、
必要がない配線の多さによる電力不足、
電力補充部品の劣化
などいくつか原因が考えられるけれど、
すくなくとも
最初はバッテリーも充電されているから間に合うし、
スローダウンしたりすれば
また電力が補充されるから大丈夫なんだけど、
漏電やうまく電気がまわってないと
ちゃんと走れば走るほど
電力が足りなくなってきて
途中から遅くなるんじゃないか、って。
とくにストレートでは
一番電力を使うから
コースによっても程度はちがうかもしれないけど。

電気系はほんとに
繊細でいろんなことが起こるし
配線ひとつでトラブルが出るから
キチッとやらないとダメだよ
と言っていたよ。

前から疑問に思っていたけれど

あぁ もうそうだろうなと

思えば、この4か5年間

NSF250に乗り、マシンがきちんと走ってくれないことに悩んでいました

思えば、オートポリスでストレートで

スリップゾーンに入っているのにスリップにつけず

マシン3台か4台分離されるという

アクセルを早くあげても立ち上がらないという

そして

人間が速くなれば、速くなるほど

バイクが遅くなるスピードも早くなってくる

電気の消耗も早かったんだろうなと

宇井さんが言っていたとおりなんだろうなぁと思いました     

川原も、これまでにずっと毎日毎日寝不足で悩みながらもバイクを作ってきました

バイクが走らない 高杉奈緒子を走らせてあげないといけないというプレッシャー

毎日毎日落ち込み苦しみながらも原因を追及しとりつかれた様にバイクを

何度も何度もばらしては組み上げてきました

時間もかけてきました

部品もちゃんと交換もしたし、色々やってきた

周りからにも、駄目だなという気持ちへのプレッシャーも感じていたと思う

本当に最後まで頑張ってきてくれたと思います

本当に苦しかったと思う

彼は、うちの為にも、そして自分の為にも

最後までしっかりやってきました

 

うちも、走らないバイクに乗り

毎回毎回、いつかは必ず報われるときがくると信じて挑んできました

何度も何度もココロ折られては、はいあがってきました

持ち直そう 持ち直そうという自分との戦い

レースはしっかりとココロを持ち直してきました

怪我も言い訳せずにしっかりとトレーニングしては

走らないマシンと向き合ってきました

正直、全日本はこの4年間 本当に苦しかったし楽しくなかった

そして、レースが終わると

悲しくなる自分がいました

汗もかかない 息ぎれもしない

一生懸命に最後まで走ることが出来ず

あぁ また今回も本当の自分を発揮できなかったと

息切れして汗をかいてはぁはぁいっている周りに対して

どうしてそんなに汗をかけるのだろう?

どうしてそんなに息切れできるのだろう?

と思ったりもしていました

本当のバイクに乗ることが出来なかったと

本当にこれはバイクなのか?と毎回思っていました

極め付けには、最後のほうは川原に

『 このバイクに乗りたくない 』 と言うようになっていました

川原が作ったバイクには乗れないと

今までこの4年間

我慢してきたことの自分の本音が爆発してしまいました

もう耐えられないと

たまにのるミニバイクが本当に走っていると思えた

そしてアジアロードレースが本当に楽しくて一生懸命にレースが出来ているって思えて

本当に楽しかった。本当の自分の実力を発揮できる場所だった

41プランニングチームに移籍して

知識とノウハウをたくさん吸収させてもらって

自分がこれまでに大きく成長させてもらえたこと

宇井さんには、耳が聞えない自分でも

しっかりと向き合い

何度同じ事を聞いたり質問したりしても

ちゃんと嫌がらずに真剣に最後まで詳しく教えてくれたこと

メールでも、わかりやすく答えてくれたりした

走らないマシンにも、色々たくさん考えてくれた

相談にのってくれた

耳が聞えない自分でも、しっかりと知識を得られ

たくさん考えられることが出来たこと

この41プランニングチームで

大きく成長できたことには感謝しています

そして、もしこのまま全日本をやっていたら

うちは潰れていたかもしれない

アジアロードレースで、本当のバイクに乗って

一生懸命にレースが出来ていることに

毎回楽しさと嬉しさと達成感があった

一生懸命に走っているんだって

楽しかった

アジア楽しいーって言うたびに、川原は辛かったかもしれない

全日本に戻るとまたバイクが走らないという不安に襲われたりと

毎回繰り返していました

毎回毎回走らないバイクと中心に争ったりと本当に辛かった

しんどかった

 

私達は、この5年間

一生懸命に戦ってきたことだけは

はっきりいうことは出来るけれど

今年が終わり

厳しく自分達のことを言うとなれば

川原は、まともにバイクを作ることが出来ない烙印を押され

うちは、長いことやってきて結果を残すことが出来ない烙印を

うちらは背負って来年を迎えなければいけない

そして、ここでこの問題は終わらせようと思いました

終わらせなきゃいけないと

終わらせて、新しい未来に向けて頑張ろうと思っています

また来年の体制は、まとまり次第

報告します。

来年も、また応援して欲しいです。

私は、まだ挑戦し続けたい

そして応援してくれている人達に応えたい

一緒に笑って共に喜び合いたい

いつか、私の思いが達成されるまでまだまだ走り続けなければいけないなと

そう思っています

応援してくださった皆様 

本当にありがとうございました

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